福島県新地町。現在行われている「スマートスクール」に関する実証だけでなく、これまでに数多く、国による事業の実証地域に採択されてきた自治体である。新地町は、ICT活用教育をどのように捉え、まなびポケットにどのような期待を持っているのか。ICTを効果的に活用しながら、教育の本質を追求し続ける伊藤指導主事にお話しを伺った。
現在の新地町のICT環境について教えてください。
新地町では、すでに一人一台以上のタブレット端末がある環境を実現できている状況です。
タブレットの持ち帰り学習を行っている新地町では児童・生徒分の台数が必要となりますが、学校内での活用のみを想定している学校では、まずは三人に一台程度の整備であっても十分ではないかとも思います。小学校であれば2学年分、中学校であれば1学年分とも十分であることができます。授業が6時間目まであるうちの、2時間分を活用できるとも言えます。以前に比べると、タブレット端末のバッテリーの持ちも随分と良くなってきており、また、電子黒板であれば別ですが、単元すべての授業でタブレット端末を使うということもあまりないはずです。導入初期の段階では三人に一台程度があれば、十分ではないかという考え方で、効果的な活用が広がるにつれ一人一台環境を整えれば良いのです。
ソフトウェアについては、いかがですか?
新地町では以前から、「ドリル学習」「協働学習支援ツール」「(子ども目線での)発表表現ツール」の三つをソフトウェア整備の考え方として持っています。このうち、「ドリル学習」と「協働学習支援ツール」については、まなびポケットのschoolTaktとラインズeライブラリforまなびポケット(※以下ラインズeライブラリ)を使っていますね。
新地町では、ICT支援員に関しても特色がありますよね。
ICT支援員については、常駐で各校に2名ずつ入ってもらっています。トラブルがあった場合も含め、機器操作に集中することは、教員の本務ではないでしょう。ICT支援員が学校にいる利点は、教員が授業に集中できる環境を作れることだと思いますね。新地町では、教員の「こういう授業をしたい」という思いをICT支援員が受け取って、「こういうコンテンツを使えば、こういう授業ができますよ」と提案をしてくださっています。教員とICT支援員の役割が、明確に分かれていますね。
常駐で各校に2名ずつというのは、あまり他の自治体では聞かない手厚さです。
ICTに慣れていない教員は、ICTを授業で使ってみたいと思っていても、それを実現する方法がなかなか分かりません。そうすると「それなら従来の方法のままでいいや」と考えてしまうものです。また、ICT支援員というポジションを設けることで、近隣地域の雇用を生み出しているという観点もありますね。
これまでのICT教育に関するお取組みを改めて教えてください。
実証事業に関して言うと、平成22~24年度には「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」、平成23~25年度には「フューチャースクール推進事業」と「学びのイノベーション事業」、平成26~28年度には「先導的教育システム実証事業」と「先導的な教育体制構築事業」に採択されてきました。現在では、総務省「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」と文部科学省「次世代学校支援モデル構築事業」に採択されています。
新地町では数多くの実証事業に採択されています。どのような意図があるのでしょうか。
「地域雇用創造ICT絆プロジェクト」の際には、次世代の機器整備ができるということを踏まえて、手を挙げたという経緯があったようでした。ただその後、平成23年には東日本大震災が起こっており、新地町も被災をしています。ゼロからではなく、教育環境としてはマイナスからスタートするような状況だったとも言えるかと思います。そうしたマイナスの環境から、子どもたちの夢を育み、可能性を伸ばす教育を実現するために、ICT環境の整備を教育復大きな目標として進めてきました。
東日本大震災の影響が大きかったのですね。
別の側面としては、ここ相双地区が全国的に見て学力が高い地域ではなかったということもあります。どうすれば学習環境の整った都会にも負けないような学力を子どもたちに身につけさせることができるのか、どうすれば充実した学びの場を提供できるのか。その方策として新地町が選択したのがICTでした。ICT活用教育の成果が少しずつ明らかになっていく中で、議員や町民の方々から理解を得られるようになり、多くの保護者の方にも喜んでもらえています。町行政の理解とサポートもあり、「新地町といえば、ICT活用教育」として、町ぐるみの取り組みとなってきていますので、これは継続していく使命があるのではないかと考えています。また、全国的に見ても先進的なICTの取組みを行っていますので、周囲からの期待も感じています。
地方自治体における普遍的な課題とも言える部分でもありますね。
世界で勝負できるような人材が育ち、例えばその人が世界とつながらない職業を選んでも良いと思っています。大切なのは、その職業を「やりたい」と自らの意思で選択することで、その職業で最善を尽くすことだからです。そこに本町が取り組んでいる思考力を高め、21世紀を生き抜く力が確実に役に立つと我々は考えています。揺れ動いている現代社会において、そうした自ら考え、自ら選び、自らを成長させようとする意欲を持って人生を歩んでいく人間を育てていきたいのです。
保護者からの評判としては、実際にどのようなものがありますか?
様々な意見を頂いていますが、前向きな内容のものが多いと思います。例えば、「先生方が子どもの理解度や学習到達度、苦手な部分などをICTによってモニターできるのであれば、それを家庭の学習でも活かせるようにしたい」という趣旨の意見もありました。新地町として継続してICTに取り組んできたことで、保護者の方々の理解度も高まってきています。学校だけでなく家庭学習においても、学力向上への意識や関心を高く持っていただけていると思います。
まなびポケットについては、どのような経緯で利用されていますか。
まなびポケットは、「先導的教育システム実証事業」の際のクラウド環境をベースとして、NTTコミュニケーションズが開発したサービスです。先ほどお話した通り、新地町は「先導的教育システム実証事業」の実証地域に採択されていましたが、実証事業の終了後、すぐにまなびポケットを使い始めることとなりました。実証事業の際には様々なコンテンツがありました。現在も魅力的なコンテンツがまなびポケットに引き継がれていますし、今後のコンテンツの拡充も期待できます。それが決め手だったと思います。具体的には、schoolTaktとラインズeライブラリでした。それらのコンテンツを、シングルサインオンによって一つのIDで利用することができる、それがまなびポケットの優れている点だと感じています。
他サービスとの検討もされたのですか?
他にも似たサービスはあるかと思います。ただ、まなびポケットの場合は、総務省が設けている基準(※)を、満たしているサービスであることが重要でした。セキュリティ面に不安があり、もし個人情報の問題などが起こってしまった時には、保護者や学校現場がICTを信じられなくなり、ICTを活用することに不安を覚えてしまうかもしれません。そうなると、学校現場の積極的なICT活用に悪影響を及ぼしかねません。
※まなびポケットは、総務省「教育クラウドプラットフォーム参考技術仕様」の必須要件を全て満たしています。
(http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01ryutsu05_02000097.html)
セキュリティ面での信頼感が一つのポイントだったのですね。
そうですね。一方で、まなびポケットで使える各コンテンツに使いにくい点やバグがあった時には、すぐに改善をしてもらえる俊敏性も感じています。まなびポケットの各コンテンツは、NTTコミュニケーションズの自社製品というわけではなく、様々な企業や団体が自ら開発提供をしているものですよね。すべてNTTコミュニケーションズの自社製品ですと、大企業であるが故に俊敏性が落ちることがあるかもしれません。それを個性あるベンチャー企業などがコンテンツを開発提供していますので、こうした俊敏性を感じられるのだと思います。NTTという信頼性や安心感のある基盤の上に、俊敏性のある企業のコンテンツが接続しているという世界観が、良いバランスを生んでいるのかもしれません。
最後に、新地町が目指す今後のICT活用についてお聞かせください。
新地町では、総務省の「スマートスクール・プラットフォーム実証事業」と文部科学省「次世代学校支援モデル構築事業」に採択をされ、有識者や企業の専門的観点からのアドバイスを受けながら、まさに取り組んでいる最中にあります。これまで分離をしていた授業・学習系システムと校務系システムの連携に関する実証事業です。日々生活をしている中で、実は不便なことであっても、それに慣れてしまっていると、不便であることに気づけないことってあると思います。それはきっと、学校現場の中でもたくさんあるはずです。「もしこういうことができたら、先生たちは楽になれるのではないか」「もしこういうことができたら、子どもたちの学びを深められるのではないか」。そうした可能性について、現在の実証事業を通して追究していきたいと考えています。
ICT活用教育に積極的に取り組まれてきた新地町は、次のステップに入っているような印象を受けます。
新地町では、家庭で考えを整理し、教室の授業の中で話し合うような活動をこれまで行ってきました。ただ、対話的な学びをより深めていくために、まずは個の能力の向上が大切であると、最近は改めて感じています。土台としての個の能力が向上することで、より話し合い活動が充実し、それによって、また個の学習の質も高まっていきます。ICTの活用によって、個に応じて、どの能力をどのように伸ばしていくか適切に判断することもできますね。だからこそ新地町では、今回の実証事業を通して授業・学習系システムと校務系システムの連携を考える際に、いかにして校務系から授業・学習系へ適切に情報を取り込んでいくのか、それを大切にして考えています。
新地町のICT活用教育は、まだ今後も進化していきますね。
学びに終わりはありません。人は生きている限り学び続けます。同じように学び方に対する取り組みについても、終わりは来ないものと思っています。
ありがとうございました。
(記事執筆・取材編集:関屋 雄真)