常に手元にある「Myタブレット」で、ICTを文房具として日常活用

愛知県岡崎市は「岡崎版GIGAスクール構想」を掲げ、2020年8月に全中学校、12月に全小学校にタブレット端末(iPad)の配備を完了した。また、NTTコミュニケーションズが提供するクラウド型プラットフォーム「まなびポケット」を導入し、まなびポケットを入口に協働学習ツール「スクールタクト」、心理アンケートによる学級経営サポートシステム 「WEBQU」、情報モラル教材「事例で学ぶNetモラルforまなびポケット」を活用しています。
「ICT環境の整備」「学び方改革」「働き方改革」の3本柱でスタートした「岡崎版GIGAスクール構想」は、どう具体化されているのでしょうか。岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係係長の川本祐二氏、同係指導主事の杉坂和俊氏、GIGAスクールアドバイザーの本間茂夫氏に、構想の狙いや学校への導入支援体制、今後の展望などについて聞きました。

愛知県岡崎市教育委員会
愛知県岡崎市教育委員会

教育委員会名
愛知県岡崎市教育委員会
所在地
愛知県岡崎市
市内学校数
小学校47校
中学校20校
まなびポケット利用コンテンツ(取材時2022年9月時点)
WEBQU、事例で学ぶNetモラル for まなびポケット、事例で学ぶNetモラル eラーニング、スクールタクト、まなびポケット学力調査(CBT)
インタビュー対象者
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 係長 川本祐二
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 指導主事 杉坂和俊
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 GIGAスクールアドバイザー 本間茂夫

「岡崎版GIGAスクール構想」をどう実現したか

2020年度から全国の小中学校でGIGAスクール構想が急ピッチで進められていますが、愛知県岡崎市ではどのように検討が進められましたか。

川本:岡崎市では、来るべき一人一台端末の時代に備えて、2014年にはタブレット端末を使った学びをスタートさせていました。1校あたり40台の端末が配備され、ICTを活用した実践を推進してきたのです。しかし、学校で1クラス分しか端末がない状態では、どうしても日常的に使用するまでには至らない。可能性が見えている一方で、限界も感じるもどかしい状態が続いていました。

 2020年に国からGIGAスクール構想が公表されたことを受け、「岡崎版GIGAスクール構想」の具体的な方針検討をスタートしました。端末本体だけでなく、授業づくりの決め手となる協働学習ソフトの機能なども踏まえた上で、ビジョンを具体化していきました。

岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 係長 川本祐二氏
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 係長 川本祐二氏

「岡崎版GIGAスクール構想」の内容を教えてください。

川本:この「岡崎版GIGAスクール構想」の目標は、すべての多様な児童生徒たちが、自らの特性を生かし、誰一人取り残されることなく個別最適化された学習に取り組めるようにすることで、来るべきSociety5.0で活躍し、自己実現できるための資質・能力を育んでいくことを目指しています。

この目標に対し大きく3つの方針を掲げました。1つ目は、基盤となる「ICT環境の整備」です。児童生徒に「Myタブレット」として一人一台のiPadを配備し、高速な校内ネットワークの整備も図りました。2つ目は、「学び方改革」です。教員主導の授業から脱却し、学習者主体で学び合う授業改善を推進することとしました。そして、3つ目に「働き方改革」を掲げました。ICTの導入によって先生方がよりよく働けるようにならなければ、前向きな浸透は望めません。さらにその後、コロナ禍に突入し、GIGAスクール構想の重要な要素として「学びの保証」が加わりました。

岡崎版GIGAスクール構想の目標と方針
岡崎版GIGAスクール構想の目標と方針

「学び方改革」の項目では、「Myタブレット」によって実現できる学びとして7つを例示しました。中でも、協働学習ソフトによる「学び合い機能」や「画面共有」は、授業改善の根幹に関わるため、特に重視したい点と考えました。

これまでの授業では、児童生徒がワークシートに意見や考えを書いても、それをチェックするのは教職員が中心で、クラスメイトが見ることは限定的でした。つまり、自分の意見が生かされない、報われないために、主体的になれない、自己肯定感が高まらないという悪循環があるように感じていました。このような状況を踏まえ、GIGAスクール以前から学び合いを深めるツールが必要だという課題意識を持っていました。協働学習ソフトを検討している中で、スクールタクトのデモンストレーションを見て、「まさに目指すことを実現できるツールだ」と感じました。また、「授業に革新をもたらしたい」というスクールタクトに込めた企業の思いにも共鳴しました。

教育委員会はどのような体制でGIGAスクール構想を実現していきましたか。

杉坂:本市の組織面での特徴は、首長部局との連携に強みをもつ教育政策課の中にGIGAスクール戦略係が配置されたことです。そのため、情報システム部門との協働を通じて、システム導入やネットワーク設計などをスムーズに進めやすい利点があったと思います。

川本:一方で、GIGAスクール戦略係は、学校現場とのつながりも重要であることから、教員籍の職員として私を含め、指導主事の杉坂、研修や助言をするGIGAスクールアドバイザーとして校長OBの本間がいます。端末やソフトの検討や導入、活用促進、情報モラル指導などは、学校現場を経験している3名が担い、ネットワーク運用管理や情報セキュリティ、予算関係などを2名の行政職員が担当するという役割分担をしています。

GIGAスクール戦略係の体制
GIGAスクール戦略係の体制

学校現場への浸透方法とは?

学校現場にはICT活用をどう浸透させていきましたか。

杉坂:教育委員会では、各種研修を実施したり、グループウェアを通じた情報共有を促したりしてきました。しかし、最も効果的だったのは先生方の自主的な学び合いです。岡崎市にはもともと現職研修委員会という現場の教職員で組織される教科・領域ごとの部会があり、自主的な研修が熱心に行われてきました。ICTの活用は、現職研修委員会の中の「学習情報部」が担当し、実習形式の研修を実施したり、活用方法を自校内に広めたりしています。さらに、指導的立場にある学習情報指導員の2名が部会の取りまとめをしたり、各校を訪問して研究授業での指導・助言をしたりして活用実践の推進をしています。

本間:GIGAスクールの実践範囲は広いので、各校でさまざまな創意工夫のある実践事例が出てきました。そこで、どんなことを学びたいか、どんなスキルを身につけたいかを話し合って得意な教職員が講師となったり、外部から講師を招いたりして各種研修を実施しています。コロナ禍以降は、電子会議室やオンラインミーティングも活用して実施しています。このように小中の垣根を越えて教職員同士が学び合う文化が岡崎市にあったことが、ICTの活用を後押しした一因となったといえるでしょう。

岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 指導主事 杉坂和俊氏とGIGAスクールアドバイザー 本間茂夫氏
左)岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 指導主事 杉坂和俊氏
右)岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 GIGAスクールアドバイザー 本間茂夫氏

川本:学習情報部の活動に加えて、教科学習に熱心な先生方15名程にICT教育推進委員となってもらい、学校現場での意見や活用状況を集約したり、情報活用能力のルーブリックを作成してもらったりしています。

また、教育委員会では学校や教職員ごとの活用状況をまなびポケットの「学習ログ」から確認しています。これにより、各校の浸透状況を推し量ることができ、さらにICT活用の核となるような教職員を見つけることもできます。

     まなびポケットの「学習ログ」にて教育委員会が各学校の利用状況を確認する画面イメージ
まなびポケットの「学習ログ」にて教育委員会が各学校の利用状況を確認する画面イメージ

タブレットの活用を児童生徒にとっての「日常」とする

タブレットの管理について教えてください。

川本:運用の基本ルールを決めるときに思い切ったのは、朝、児童生徒が教室に来たら充電保管庫からタブレットを取り出して、1日中手元に持っておくスタイルを市内全校の基本にしたことです。授業で使う時だけ、タブレットを手元に持ってくる運用では、児童生徒たちにとって日常使いには至りません。使いたい時にすぐに使えるようにしてはじめて、児童生徒たちにとっての「文房具」になると考えました。

また、多くの学校で、休み時間には好きなアプリを使ってよいことにしています。タブレットには教育委員会で選んだ80種類ほどのアプリが入っています。例えば、社会のフォルダを開くと「旧国名パズル」、音楽のフォルダには「VOCALOID(ボーカロイド)」など、各教科を楽しく学べるアプリが整理されています。児童生徒がタブレットに触れることで、何かに少しでも興味関心を持つきっかけになればと、将来に向けて「種まき」をしたかったのです。

タブレットの活用を児童生徒にとっての「日常」とする

毎年度確認するタブレットの活用ルール

タブレットの活用ルールを教えてください。

川本:「Myタブレット」を適切に活用してもらうため、毎年、年度初めに教育委員会から市内全校に対して、合計2時間の「スタートプログラム」を実施することをお願いしています。1時間目は「おかざきッズ Myタブレット 7つの約束」を示し、読み合わせをした上で各ルールを確認し、最後に署名することで端末を使い始めます。

「おかざきッズ Myタブレット 7つの約束」小学4年生〜中学3年生用
「おかざきッズ Myタブレット 7つの約束」小学4年生〜中学3年生用

また、破損に対しては十分な注意を払うように促しています。収納方法などの注意事項は、「大切に使おう! Myタブレット」というプリントで啓発しています。さらに、「おかざきッズ ユーザーカード」では、情報セキュリティのルールを掲載。保護者も交えて確認をし、確認後の署名もいただいています。なお、このプリントでMicrosoft等の各種アカウントのID・パスワードをお知らせしています。

「大切に使おう! Myタブレット」と「おかざきッズ ユーザーカード」(見本)
「大切に使おう! Myタブレット」と「おかざきッズ ユーザーカード」(見本)

学校現場では、「Myタブレット」をさまざまな場面でどのように使えばよいか判断に迷うこともあるかもしれません。基本的な原則に沿いつつも、学校やクラスで実情に即して、それぞれ適切な活用のルールを考えていくことが重要です。そこで、教育委員会からは、児童生徒が主体的に「Myタブレット」の活用について考えられるような「情報モラル・情報セキュリティ チェックシート」を提供しています。児童生徒が、日常で判断に迷うような場面に関する設問について◯×△で回答してもらい、それを基に話し合いの活動につなげるのです。最後に「わたしの宣言・クラスの宣言」として、自分自身の約束事を立てます。なお、学校やクラスで自律的にルールを考えるきっかけにしてほしいので、設問は多様な回答が出るような問いとし、教育委員会から設問の模範回答は示していません。

「情報モラル・情報セキュリティ チェックシート」(中学生)
「情報モラル・情報セキュリティ チェックシート」(中学生)

「わたしの宣言・クラスの宣言」
「わたしの宣言・クラスの宣言」

スクールタクトで「個別最適化学習」と「チーム学習」を実現する

スクールタクトはどのように活用していますか。

川本:スクールタクトは、児童生徒同士が互いの意見を把握できる共同閲覧モードを使い、チームで話し合いながら学習課題に取り組む「チーム学習」を中心に利用しています。岡崎市では文部科学省から示された個別最適化学習に向けた方針を、「誰一人取り残すことない、多様性を尊重した学習」として解釈しました。そして、「一人一人の学びを大切にする岡崎の教育を目指す」ことを掲げました。これは、教員主導の授業から脱却し、個々の児童生徒を尊重した学習者主体の授業へと転換する考え方だといえます。この個別最適化学習を実現する有効な手立てとして、すべての学校で「チーム学習」を進めています。

チーム学習について、詳しく教えてください。

川本:これまでは教員が一人で学級全体の児童生徒を見取ろうとしていましたが、個別最適化を図るにはどうしても限界があります。そこで、児童生徒同士で学び合う力を活かすことにより、誰一人取り残さない学びを実現することがチーム学習の趣旨です。学習課題に対して、まずは一人一人が自分自身で考え、解決に取り組むのですが、中には困難に直面する子もいます。そのような個々のつまずきがあれば、4人組のチームの中で助け合い、ゴールを目指してしていきます。困ったときにはいつでもチーム内でSOSを出せるという「心理的安全性」を大切にしています。

チーム学習に、スクールタクトをどう活用していきたいですか。

川本:チーム学習を実施すれば、4人の児童生徒たちの中ではリアルなコミュニケーションができます。一方で、チームの中だけで学びが閉じてしまう可能性もあります。また、時にはチーム内での対話が活性化しない場合もあるでしょう。そこで、スクールタクトを使うことが有効になります。スクールタクトを通じてクラス内の各チームが緩やかにつながり、「別のチームのこの意見は参考にできそうだ」など、他チームの考えを自分たちの議論に活かすことができるからです。個々の児童生徒たちの学び合いを実現することはもちろんのこと、チーム学習を一層活性化させるツールとして、スクールタクトを活用していきたいと考えています。

スクールタクトで「個別最適化学習」と「チーム学習」を実現する

スクールタクト活用の肝は、児童生徒たちの学び合いを促すことです。共同閲覧モードにすると、学び合いが自然に生まれ、クラスメイトと自分との意見の違いに気づき、多様な見方・考え方を受容できるようになります。これは、教材をデジタルで配付するという単なるペーパレス化に留まらないICTならではの最大の利点だと考えます。さらに、挙手・発言・板書という従来のプロセスを経ずとも意見の共有が図られることから、「時短」の効果にもつながります。そして、スリム化できた分、「授業の山場」でじっくりと時間をかけて話し合いをするというようなメリハリの利いた授業づくりが可能となります。

スクールタクトを生かしきるイメージ図
スクールタクトを生かしきるイメージ図

こうしたクラス全体で学び合う活動を、5分や10分でよいので毎時間の授業に盛り込んでいくことにより、授業デザインも教員の役割もガラリと変わるはずです。特に教員の役割はファシリテートが中心となっていきます。教育委員会では、こうしたICTを活用した「学び方改革」をさらに進めるべく、学校現場のサポートを今後も続けていきたいと考えています。

WEBQUを学級・学校経営に活かす

WEBQUはどのように活用していますか。

川本:個々の児童生徒の心理的状況をまなびポケットの「WEBQU」で把握しています。WEBQUの活用には、2つの利点があると考えています。1つ目は即時性です。紙のアンケート調査では結果がわかるのが1か月後ということもあり、児童生徒たちの置かれた環境や心理状態が既に変化してしまっているケースも少なくありませんでした。そのためタイムリーな情報を得ることができなかったのです。しかし、WEBQUであれば、その日のうちに結果を確認することができます。

もう1つの利点は、閲覧権限を活用して、複数の目で児童生徒の見取りができることです。例えば、学年主任が同じ学年の若手担任の学級の状態を把握して学年経営に生かしたり、役職や管理職が各学級の傾向や変容を捉えて担任の支援を行ったりできます。こうした情報の共有性の高さもWEBQUの大きなポイントだと思っています。

具体的な活用について教えてください。

杉坂:各学校には、管理職、役職、学年主任、長期欠席対策担当者などが組織的に、注意の必要な児童生徒の把握に努めてもらい、支援についての具体的な指示を出せるような体制を構築するよう伝えています。

川本:最近では、ケース会議や情報交換の場でWEBQUを開き、支援の必要な児童生徒について話し合うようなスタイルができつつあります。

 また、担任の先生方はWEBQUを見て児童生徒の状況を把握し、学級経営に生かしています。現在は、WEBQU、生活アンケート、個別面談の3点セットで一人一人の児童生徒の理解に努めていますが、今後はそこにスクールタクトも加えていくとよいのではないかと考えています。スクールタクトを共同閲覧モードにすることで、発言マップを通じて「どの子がどの子の意見を閲覧しているか」といった児童生徒同士のつながりが確認できます。「周囲とのつながりが乏しくなっている子はいないか」といった、クラス内の関係性から個々の児童生徒の状況を浮き彫りにし、担任ならではの重要な気づきにつなげてほしいと思っています。

WEBQUを学級・学校経営に活かす
WEBQUを学級・学校経営に活かす

教職員への多様なアプローチで活用を促す

今後の展望を教えてください。

本間:GIGAスクール以前は、「ICT活用はICT畑の教職員がリードするもの」という意識があったように思います。しかし、現在はフェーズが変わり、教科指導や授業づくりに熱心な教職員が、手段としてICTを活用するようになってきました。教科の本質に迫る道具としての活用を促していくことが、今後一層求められると考えています。

杉坂:学校を定期的に訪問していますが、タブレットを文房具として活用するという意識がかなり浸透してきているように感じます。特に活用が進んでいる学校や教職員にとっては、マストツールになっています。これからは、ICTの得意不得意や年齢などに関係なく、さらに幅広い先生方へ活用を促していくことが必要だと考えています。

川本:今年の6月から教育委員会から情報を発信する「GIGAスクール通信」をスタートしました。授業づくりや業務改善につながる記事を掲載しています。他にも、教職員ポータルサイトには「ICTかわら版」として、毎日1行ずつ、GIGAスクール構想についてのちょっとしたニュースやお役立ち情報を載せています。かれこれ2年以上続けていますが、スクールタクトだけをとっても、さまざまな機能や活用方法があり、伝えたい有益な情報は数限りなくあります。これからもさまざまな手段や機会を通じて、先生方にアプローチし続けていくことが欠かせないと考えています。

岡崎市教育委員会