鹿児島市立錦江台小学校では、5年生3クラスで2023年7月よりScTN質問紙とScTN viewの活用を始めました。ScTN質問紙をきっかけに授業スタイルの変革を目指し、2学期からは算数と社会の授業で自由進度学習に取り組んでいます。ScTN質問紙・ScTN viewと自由進度学習を実施した効果や子ども達の変化について、校長先生と5年生担任の先生に聞きました。
ScTN質問紙、ScTN viewとは?
ScTN質問紙は、一般社団法人School Transformation Networking(ScTN)が提供・管理する「主体的・対話的で深い学びのための意識・実態調査質問紙」です。同法人理事で熊本大学教育学部准教授の苫野一徳氏が提唱する教育哲学の知見に基づいて開発され、「主体的・対話的で深い学び」の実現状況を、「学びに向かう力」と「人間性」の育成状況と関連付けて把握できます。ScTN質問紙は、文部科学省のCBTシステムであるMEXCBTで提供されていて、学習eポータルまなびポケットでは、その回答を可視化する「ScTN view」を開発し提供。まなびポケットのユーザーはScTN viewを無料で使用できます。
ScTN質問紙の魅力はどのようなところにありますか?
山下校長:ScTN質問紙は、「主体的・対話的で深い学び」がどのようなものなのかがわかりやすく、目に見えない非認知能力を評価できるので、これまでとは違うレベルの分析ができるのではないかと期待しました。先生の思いつきで考えた質問などではなく、理論に基づいた体系的な質問紙ですので、信頼性が高いと思います。また、子ども達へのアンケートに基づく評価なので、子どもの視点で学校の経営を見られるというのも、今まで私達が持っていなかった視点です。
どのような効果を期待していましたか?
山下校長:子ども達の学びに向かう力が、目に見えるグラフとして出てくると、授業改善につながるのではないかと考えていました。アンケートを定期的に行えば変容も見られます。実際にやってみて、私たちに何が足りないのか可視化できたのが良かったですね。
5年生の先生方は、実際にScTNの質問紙を見たときどう感じましたか?
嶧田:最初に見たときはちょっと驚きました。「主体的・対話的で深い学び」の実践を積んでいないと、子ども達の回答の数値が出ないだろうと感じる質問項目ばかりでした。私たち自身が、本当にこれまでの固定観念から離れて新たな授業改善を進めていかなければいけないのだと感じました。
例えば「授業では、『授業を進めるのは、先生ではなくて、自分だ』と思いながら学んでいる」という質問は、衝撃でしたね。それまで本当に一斉授業が通常でしたから、子ども達の評価は低いだろうと思いました。
濵田:「授業では、学習の方法やペースを自分で選んだり決めたりしながら学んでいる」という項目も、一斉授業では難しいと感じました。いろいろな工夫はしていても、学習ペースまでは個別化していなかったので、こうしていかなければいけないのだな、と感じました。
ScTN質問紙の学習経験に関する質問項目。「主体的・対話的で深い学びの経験」を4つの観点で問う
ScTN質問紙・ScTN viewをどのように活用して授業を変えていったのでしょうか?
嶧田:まず7月に、一番項目の多いScTNアドバンスパッケージ(※1)を実施しました。2学期の授業づくりから変えていかなければと考え話し合った結果、算数と社会の自由進度学習に学年全体で取り組み、単元ごとにライトパッケージ(※1)を行って、変化を見てきました。
濵田:ScTN質問紙の結果をもとに学年で話し合う中で、児童の主体的な学びを進める1つの方法として、自由進度学習に取り組んでみようということになりました。今までは他の授業スタイルになかなか挑戦する機会はなかったので、これを機に夏休みを利用して研修会や本で学び、2学期からやってみようと3人で一緒に考えて実践しました。
村田:自由進度学習で、全員でひとつの学習のゴールを決めて、その過程で個別の課題に合わせた学習方法を選択できるというやり方を今回実践してみて、本当に今までの教育観、授業観がガラッと変わりました。
嶧田:私たち3人とも自由進度学習は初めてでしたので、どうやったらいいのかというところからのスタートでした。一人ではとてもできなかったと思いますが、全体を通して共同研究する体制にして、準備を分担し協力し合って円滑に進めることができました。
※1:ScTN質問紙には71の質問項目があり、全てに回答するScTNアドバンスパッケージ、33問のベーシックパッケージ、13問に厳選したライトパッケージの3種類が用意されている。
自由進度学習を行ってみて、子ども達の反応はいかがですか?
嶧田:最初は実は、自由進度学習を子ども達が主体となってやって本当に大丈夫なのかという不安がありました。でも、1、2回授業をした段階で子ども達の意欲の高さを目の当たりにして、その不安はなくなりました。自由進度学習をした単元のテストの結果が悪いということもなく、本当に子ども達が楽しみながら主体的に学ぶ姿を見ることができました。
濵田:もう、楽しんで授業に参加しているというのが一番大きな変化ですね。授業が終わる頃に「え!もう終わり?」っていう言葉を子ども達が言うようになったんです。こんな言葉、体育の時ぐらいにしか聞かなかったんですが、今では算数とか社会で「もう終わりかぁ」、「まだやりたいな」という声が出てくる。子ども達がすごく変わったのを感じています。
村田:先生に教えてもらう授業ではどこかつまらなさそうにしている姿の子が、友達に教えてもらうと目を輝かせて学習している姿があり、子ども同士での学び合いは学習の楽しさを倍増させるのだと感じています。
嶧田:授業だけではなく、家庭学習も自分で計画を立てて意欲的に取り組むようになりました。デジタルドリル教材をやる率も高まっていて、自己調整しながら自分に合った学びを進めるようになったのは大きな変化でしたね。
自由進度学習を進めていく上で、ScTN質問紙を実施してScTN viewで結果を見ることはどのように役立っていますか?
嶧田:7月にScTNアドバンスパッケージをやったとき、私のクラスでは「学習経験」に関する質問項目の4つの領域の平均値がすべて3点台(5点中)だったんですね。それが自由進度学習を進めているうちに、全て4点台にまで上がりました。教員の肌感として、子ども達の様子から変化を感じることはできますが、それは私の主観という可能性もあります。子ども達の意識が変わってきて楽しみながら学習しているということを数値として認識できるのはすごくいいですね。私たちの取り組みの道筋は間違っていないんだという自信にもつながります。
ScTN viewの画面例。「学校教育の経験」に関する4領域の結果が表示されている
村田:今、1クラスに約40人の児童がいるので、1時間で個別指導できる時間や人数は限られています。単元ごとにScTNライトパッケージを実施すると、子ども達がどのように受け止めたのか数値で見ることができるので、とてもありがたいです。私たちが子ども達の姿を見るのにとても効果的だと感じています。
ScTN質問紙 で子ども達の声が数値化されたことで、普段の子どもへの関わり方に生かせることはありますか?
濵田:質問の中に、「授業中、分からないことがあれば、先生が自分に合わせて教えてくれる」というのがあるんですが、この項目の評価が低めな子というのは、おそらく友達の助けよりも先生の助けが欲しいと感じているのではないかと捉えています。そういう子にはなるべく「大丈夫? 困ってない?」とか「わからないところあるんじゃない?」というふうに声かけを頻繁にするようにしています。
村田:私も声かけに生かしています。「授業では、『授業を進めるのは、先生ではなくて、自分だ』と思いながら学んでいる」という質問に対する評価が低い子達は、先生を頼りにしている部分もあると思うので、なるべく個別の支援を多くするようにしています。
ScTN viewはScTN質問紙の結果を可視化できますが、データはどのようなタイミングで見たり読み取ったりしていますか?
嶧田:普段からScTN viewで結果を見ていましたが、2023年12月にNTTコミュニケーションズからのサポートを受けながら、学年でじっくりとデータの読み解き会を行いました。それぞれの学級の傾向を読み取り、違いや共通点を洗い出して、気になる点や課題を共有しました。
どのクラスも「学校教育の経験値」の4つの領域の数値がすごく上がっていて、自由進度学習の授業改善の効果が明らかに数字として見えたので達成感がありました。それと同時に、4つの領域、「本物の学び」、「探究の学び」、「個別の学び」、「協同の学び」のうち、「本物の学び」(※2)の伸びが小さかったので、子ども達がこの項目を実感できるにはどうしたらよいか、3学期に向けて3人で授業改善の相談をするきっかけになりました。
最初に行ったScTN アドバンスパッケージの結果と、その後単元ごとに行ったライトパッケージの結果の相関も見ましたが、概ね普段見取っている子ども達の姿の通りの結果が出ていました。中には、普段の印象と違う結果が出ている子どももいたので、その理由を考えたり気にして声をかけたりするきっかけになっています。
※2:「本物の学び」の数値は「授業では、普段の生活のことや、社会で問題・話題になっていることを材料に学んでいる。」「授業では、『授業を進めるのは、先生ではなくて、自分だ』と思いながら学んでいる。」という質問への評価。
ScTN viewの結果を見ながら読み解き会をする様子
ScTN質問紙・ScTN view の活用用途として、他にどんな可能性がありそうですか?
嶧田:ScTN アドバンスパッケージには、学習関係だけでなくいろいろな質問項目があり、生徒指導関係でも参考にできることがたくさんありました。普段から気になるところのある子ども達は、「人間性」に関する項目の評価がとても低く出る傾向があります。また、コミュニケーションが苦手な子ども達は、自分がどんな風に考えたり感じたりしているのかなかなか伝えられないのですが、「人間性」に関する質問の回答から心の内が見えてきて、普段接するときに生かせています。
ScTN viewの画面例。「人間性」に関する4領域の結果が示されている
濵田:本校には他にも生徒指導に関するアンケートがいろいろとあり、毎回エクセルで集計して分析するのにはとても時間がかかっています。その点、ScTN viewは子どもが回答するだけで、本当に見やすくグラフ化され、散布図もあって、すぐに分析できてとてもありがたいです。例えばScTN質問紙を他のアンケートの代わりに使えたら、非常に便利になると感じています。ScTN viewで手軽に結果が見られるので、行事の前や個人面談のときなどにさっと確認するような使い方もできそうです。
ScTN viewの画面例。「学びに向かう力」がグラフとバブルの大きさで示されている
ScTN viewの画面例。「人間性」の「自分自身のこと×他者との関係」が散布図で示されている
まだ自由進度学習など新しい授業スタイルに踏み込めない学校や先生もたくさんいます。実践した経験からどのようなメッセージを伝えたいですか?
山下校長:「子ども達が次も楽しみだって思う授業ができますよ」と伝えたいですね。自由進度学習はそれを可能にする1つの方法です。5年生はよく校長室の前を算数の時間に通っていくのですが、やはり意欲的な表情をしていて、楽しみにしている感じが伝わってきます。学びに向かう力が高まり、同じ学級の友達を共に学ぶ仲間だと見ているのではないかと感じています。
嶧田:仲良しの友達とだけではなく、誰とでも教え合う姿があって、本当に共に学ぶ仲間という雰囲気になっていますね。学年全体で学級の雰囲気がとても良くなり、学習だけでなく、学級経営の面でも、良い取り組みになりました。子ども達の成長にも、何より私たちの教員としてのスキルアップにもつながったと思っています。
山下校長:本校は、5年生で取り組み始めたところですが、その成果を見て広げていきたいと思っています。先生方のやりたいという気持ちや意欲が大切ですので、まずは他の学年の先生にも実際に見てもらえるよう、授業を見学する機会を作ったばかりです。
5年生の先生方の前向きな気持ちとチームワーク、子ども達を思う気持ちが印象的でした。ScTN質問紙・ScTN viewと自由進度学習の相乗効果で学びの変革がスムーズに進んでいる様子や、子ども達の意欲や自己調整力が上がっているという変化は、これから新しい学びにチャレンジしようと思っている先生や学校の大きな力となるのではないでしょうか。