文部科学省では、令和4年度の不登校児童生徒数が過去最多となった状況を踏まえ、「誰一人取り残されない学びの保障」に向けた取り組みの緊急強化を図るため「不登校・いじめ緊急対策パッケージ」を取りまとめ、不登校・いじめに対する方針を示しています。その中で、地方公共団体などにおいて不登校・いじめ双方に、困難を抱える児童生徒の支援に向けたアプリケーションや、専門家の支援などを活用した心や体調の変化の早期発見・早期支援を目的とした「心の健康観察」の推進が求められています。
岩手県教育委員会では、以上の背景から令和6年度に【心の健康観察システム活用推進事業】をモデル校において実施し、NTTコミュニケーションズが提供するクラウド型教育プラットフォーム「まなびポケット」の一機能である「心の健康観察」と、アセスメントツールの「WEBQU」を5市町村の計6校で利用しました。
今回の事業について、岩手県教育委員会の照井祐輝 指導主事から実証の結果と今後の期待感、そして岩手県立一関第一高等学校附属中学校の小原亮 副校長から「心の健康観察」の具体的な運用方法と率直な感想を伺いました。
児童生徒のメンタルヘルスの察知や適切な支援に関して、これまでの課題感を教えてください。
従来では日頃の教職員による児童生徒の観察など主観に頼ることが多く、気持ちを言葉で伝えることが苦手な児童生徒の状況把握が難しい点が課題でした。
今回の事業で活用された機能とその感想を具体的に教えてください。
学習eポータル「まなびポケット」の「心の健康観察機能」は、自分の気持ちを4種類の天気マークから選択することができるので、自分の気持ちを伝えることが苦手な児童生徒でも簡単に表現がしやすくコメントを書き込むこともできます。入力状況は学校全体で共有できるため、その情報を元に見守りや声がけすることで、いじめや不登校などの早期発見・早期対応に大いに役立つツールであると感じました。
また、心の健康観察と合わせてWEBQUも導入しました。従来の学校アンケートや紙媒体のアンケートツールと比べ、WEBQUは結果が出るスピードが圧倒的に速く児童生徒の声がすぐ確認できることに加え、担任や担当教職員だけでなく学校全体で共有しやすい点もメリットだという声も挙がっています。児童生徒からすると自分の声が反映されやすく、学校としては紙媒体よりタイムリーに情報共有が容易であることから、スピード感と組織的対応が求められる生徒指導において、ICT化は大きなメリットになると期待しています。
※心の健康観察とは
まなびポケットで利用可能な、児童・生徒の毎日のメンタルヘルス状況を把握し、学校全体でサポートするための機能です。
まなびポケット上に表示される4つの選択肢から児童・生徒が自身のメンタルヘルスに合う選択肢を回答し、教職員はその結果を確認することができます。ネガティブな回答が続いている児童・生徒はアラート表示され、教職員による支援が必要な児童・生徒の早期発見をサポートします。また、まなびポケットのアカウントから利用できるため、すでにまなびポケットをご利用中の場合、新規アカウント登録は不要であり、学校側のシステム管理の負担を軽減します。
※WEBQUとは
WEBQUは教職員が児童生徒の状態を多角的に知ることができるアンケートツールです。構成は、いじめ、不登校、やる気、ソーシャルスキル、部活動、アクティブラーニング、学習意欲の項目で、個人とクラスの状態をアクティブに可視化して表示されます。アンケートはWeb上で行われ、結果も即日入手できるため、リアルタイムの学級経営が可能となり、観察や面接だけでは知り得なかった状況を入手でき、さらに現状に合わせた対策のヒントがわかります。
事業を通じた児童生徒や教職員の反応はいかがだったでしょうか。
児童生徒対象のアンケート結果では、「学校の先生は、私のことを気にかけてくれる」の設問で「そう思う」、「どちらかといえば、そう思う」の肯定的回答の割合(以下、肯定回答割合)が、93.5%から94.4%(0.9ポイント増)、「学校の先生は、私が何か言いたいことがあるときに、相談にのってくれる」の項目で92.9%から93.4%(0.5ポイント増)となりました。
また、教職員対象のアンケートにおいて、肯定回答割合が、「私の学校は、児童生徒の心や体調の変化を早期に発見している」の設問で94.3%から98.1%(3.8ポイント増)、「私の学校は、児童生徒の心や体調の変化に適切に支援している」の設問で94.3%から96.9%(2.6ポイント増)となり、「そう思う」の積極肯定回答は、それぞれ26.0%から46.8%(20.8ポイント増)、35.8%から47.5%(11.7ポイント増)となりました。
総じて、児童生徒と教職員ともに、児童生徒のメンタルヘルスの察知や適切な支援に対して好評な結果となりました。
今後、本県の教育DX化が進む中、本事業の取り組みが近い将来のスタンダードになる可能性を感じています。県教育委員会として、本事業の成果をもとに、教職員にとって「生徒に声がけするきっかけ」となるツール、児童生徒にとって「先生に自分の気持ちを伝える」ツールであることを、県内の学校に広めていきたいと思います。
一関第一高等学校附属中学校では、心の健康観察をどのように運用されましたか?
毎朝、生徒が登校したタイミングで各自入力し、8時10分までに入力を完了させる運用としました。私も毎朝、各教室を回り、生徒に入力を促しつつコミュニケーションを図りました。当初は生徒指導主事と養護教諭のみに全校生徒の入力結果の閲覧権限を与えていましたが、先生方から全校の生徒の様子を見たいとの声が挙がり、教職員全員が見られるように変更しました。
アラートへの対応については、当初はアラートが上がった生徒には協議した上での対応を予定していましたが、まずはタイムリーに声がけする運用に切り替えました。アラートの理由もさまざまであり、毎日続けることで対処の仕方も分かってくると感じます。また、命に関わるネガティブなコメントをした生徒がいた際には、学年全体で協議し、念のため家庭にも連絡を行いました。やはり天気だけでなく、生徒のコメントにも注意を払いながら対応することが重要だと感じました。
実際に利用された上で、先生や生徒の反応はいかがでしょうか?
生徒は自分の状態や気持ちと向き合うことができ、先生方とのコミュニケーションが増えたと感じているようです。先生方も生徒の様子を短時間で把握できるようになり、副担任や教科担任の先生も生徒に声がけしやすくなったと一定の成果を感じています。普段おとなしく、生活記録ノートに気持ちを書けない生徒も、気持ちを表現できることが多いようです。
WEBQUはどのように利用されましたか?
当校は7月にWEBQUを実施しました。他のアセスメントツールと比較して、WEBQUは結果が即時に確認でき、情報も整理されるため理解しやすい点がメリットだと感じます。紙媒体は情報量が多いと感じる教職員も多かったのですが、Webでは生徒ごとの情報が簡単にピックアップできる点が良いと思います。次回実施予定のWEBQUの結果は個別相談などに活用を予定しており、25年度も運用を継続する方針です。
今後どのように活用していく予定ですか?
当校は組織での対応を重視し、担任一人に任せず教職員全員で生徒の状況を把握しています。年4回の教育相談期間があり、生徒は相談したい先生を選べる仕組みです。そのため、教職員全員で結果を共有できる心の健康観察がより有効活用できると期待しています。さらに、毎日の生活記録ノート、岩手県教育委員会のこころの相談室もあり、相談体制がかなり整備されたので、さまざまな取り組みを連動させ、小さなSOSの早期発見・早期対応につなげていきたいと思います。